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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)9528号 判決

原告

緒方正尚

右訴訟代理人弁護士

松井繁明

被告

日本生命保険相互会社

右代表者代表取締役

川瀬源太郎

右訴訟代理人弁護士

三宅一夫

坂本秀文

山下孝之

千森秀郎

右坂本弁護士訴訟復代理人弁護士

石井芳光

吉田慶子

被告

朝日生命保険相互会社

右代表者代表取締役

若原泰之

右訴訟代理人弁護士

茅根煕和

春原誠

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告の被告日本生命保険相互会社(以下「被告日本生命」という。)に対する次の債務の存在しないことを確認する。

(一) 原告と同被告の間の昭和五六年八月一二日の消費貸借契約に基づく金二四万三〇〇〇円(利息年八分)の債務

(二) 原告と同被告の間の昭和五六年八月一二日の消費貸借契約に基づく金二九万二〇〇〇円(利息年八分)の債務

(三) 原告と同被告の間の昭和五六年八月一二日の消費貸借契約に基づく金二三万四〇〇〇円(利息年八分)の債務

2  原告と被告朝日生命保険相互会社(以下「被告朝日生命」という。)の間の昭和五六年八月一〇日の消費貸借契約に基づく原告の同被告に対する金二六万円の債務の存在しないことを確認する。

3  訴訟費用は、被告らの負担とする。

二A  請求の趣旨に対する被告日本生命の答弁

1 原告の請求の趣旨1の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

二B  請求の趣旨に対する被告朝日生命の答弁

1 原告の請求の趣旨2の請求を棄却する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告日本生命は、原告に対し、請求の趣旨1記載の各債権を有すると主張している。

よつて、原告は、同被告に対し、右各債務の存在しないことの確認を求める。

2  被告朝日生命は、原告に対し、請求の趣旨2記載の債権を有すると主張している。

よつて、原告は、同被告に対し、右債務の存在しないことの確認を求める。

二A  被告日本生命の抗弁

1 原告と被告日本生命との間には、次の三つの生命保険契約が存在する。これらの契約は、緒方玻瑠子(以下「玻瑠子」という。)が原告から代理権を与えられて締結したものである。

(一)(1) 契約日 昭和四五年七月一〇日

(2) 保険の種類 二五年満期・養老生命保険

(3) 被保険者 原告の長女緒方詠子

(4) 死亡保険金受取人 原告

(5) 死亡・満期保険金 一〇〇万円

(二)(1) 契約日 昭和四五年九月二六日

(2) 保険の種類 三〇年満期・養老生命保険

(3) 被保険者 原告

(4) 死亡保険金受取人 原告の長男緒方公一

(5) 死亡・満期保険金 一〇〇万円

(三)(1) 契約日 昭和四六年七月六日

(2) 保険の種類 三〇年満期・定期保険付養老生命保険(ニッセイ暮しの保険・希望保障型)

(3) 被保険者 原告

(4) 死亡保険金受取人 原告の長女緒方詠子

(5) 死亡・満期保険金 三〇〇万円(災害死亡六〇〇万円)

2 右1の各生命保険契約の約款においては、一定の要件の下に、保険契約者に貸付けを請求する権利を与え、被告日本生命に貸付けの義務を負わせる契約者貸付制度が設けられている。そして、これに基づく保険契約者に対する貸付けにおいては、保険契約が消滅して被告日本生命が保険金又は解約返戻金を支払う場合には契約貸付金の元利金を差し引いて精算することが、あらかじめ合意されている。

3(一) 被告日本生命と玻瑠子は、昭和五六年八月一二日、右1の各生命保険契約の契約者貸付制度に基づき、次の各消費貸借契約を締結し、被告日本生命は、各貸付金を玻瑠子の指定した原告の銀行預金口座に振り込んで支払つた。

(1) 右1(一)の契約について二九万二〇〇〇円

(2) 右1(二)の契約について二四万三〇〇〇円

(3) 右1(三)の契約について二三万四〇〇〇円

(二) 玻瑠子は、右(一)の各消費貸借契約を締結するに際し、原告のためにすることを示した。

4(一) 原告は、玻瑠子に対し、右3(一)の各消費貸借契約に先立つて、その代理権を与えた。

(二) 仮にそうでないとしても、玻瑠子は、右1の各生命保険契約の締結について原告から代理権を与えられていたから、右3(一)の各消費貸借契約の締結についても代理権を有していたものと解すべきである。

(三) 仮にそうでないとしても、

(1) 右3(一)の各消費貸借契約による貸付けは、右2の契約者貸付制度に基づくものであるから、実質的には、保険金又は解約返戻金の前払の性格を有している。

(2)ア 玻瑠子は、原告の妻である。

イ 玻瑠子は、原告の代理人として、右1の各生命保険契約の保険証券、原告名義の委任通知書、原告の印鑑登録証明書とこれに対応する実印等を被告日本生命新宿支社高田馬場支部に持参し、契約者貸付けの申込みをした。

ウ 玻瑠子は、貸付金の振込み先として原告の銀行預金口座を指定した。

エ 右1の各生命保険契約の申込書の字体と右3(一)の各消費貸借契約の借用金証書の字体とは、一致している。

オ 右1の各生命保険契約の保険証券の盗難届が出されるなど、玻瑠子の代理権限を疑わせるような事情は、全くなかつた。

(3) 右(2)の各事実によれば、被告日本生命は、右3(一)の各消費貸借契約を締結するに当たり、玻瑠子が原告を代理する権限を有しないことにつき、善意かつ無過失であつたというべきである。

(4) したがつて、債権の準占有者に対する弁済に関する民法四七八条の適用又は類推適用により、右3(一)の各消費貸借契約は、原告に対して効力を有するものと解すべきである。

二B  被告朝日生命の抗弁

1 原告と被告朝日生命との間には、次の生命保険契約が存在する。この契約は、玻瑠子が原告から代理権を与えられて締結したものである。

(一) 契約日 昭和四四年七月三一日

(二) 保険の種類 六五歳満期災害保証特約付家族収入保険

(三) 被保険者 原告

(四) 死亡保険金受取人 玻瑠子

(五) 保険金 五〇万五三〇〇円

2 右1の生命保険契約の約款においては、一定の要件の下に、保険契約者に貸付けを請求する権利を与え、被告朝日生命に貸付けの義務を負わせる契約者貸付制度が設けられている。そして、これに基づく保険契約者に対する貸付けにおいては、保険契約が消滅して被告朝日生命が保険金又は解約返戻金を支払う場合には契約貸付金の元利金を差し引いて精算することが、あらかじめ合意されている。

3(一) 被告朝日生命と玻瑠子は、昭和五六年八月一〇日、右1の生命保険契約の契約者貸付制度に基づき、二五万七〇〇〇円の消費貸借契約を締結し、被告朝日生命は、玻瑠子に対し、右金員を交付した。

(二) 玻瑠子は、右(一)の消費貸借契約を締結するに際し、原告のためにすることを示した。

4(一) 原告は、玻瑠子に対し、右3(一)の消費貸借契約に先立つて、その代理権を与えた。

(二) 仮にそうでないとしても、玻瑠子は、右1の生命保険契約の締結について原告から代理権を与えていたから、右3(一)の消費貸借契約の締結についても代理権を有していたものと解すべきである。

(三) 仮にそうでないとしても、

(1) 右3(一)の消費貸借契約による貸付けは、右2の契約者貸付制度に基づくものであるから、実質的には、保険金又は解約返戻金の前払の性格を有している。

(2)ア 玻瑠子は、原告の妻である。

イ 玻瑠子は、原告の代理人として、右1の生命保険契約の保険証券、原告名義の委任状、原告の印鑑登録証明書及び原告の実印を被告朝日生命に持参し、契約者貸付けの申込みをした。

(3) 右(2)の各事実によれば、被告朝日生命は、右3(一)の消費貸借契約を締結するに当たり、玻瑠子が原告を代理する権限を有しないことにつき、善意かつ無過失であつたというべきである。

(4) したがつて、債権の準占有者に対する弁済に関する民法四七八条の適用又は類推適用により、右3(一)の消費貸借契約は、原告に対して効力を有するものと解すべきである。

(四)(1) 玻瑠子は、原告の妻であり、右1の生命保険契約の死亡保険金受取人である。

(2) 右2の契約者貸付制度の趣旨は、契約者が一時的に資金を必要とする場合に備えることにあり、その額も解約返戻金の範囲内に限定されている(本件では、二五万七〇〇〇円という少額である。)。

(3) したがつて、右3(一)の消費貸借契約の締結は日常の家事に関する法律行為に当たり、玻瑠子には原告を代理する権限があつた。

三A  被告日本生命の抗弁に対する認否

1 二A1の事実を認める。

2 二A2の事実は、被告日本生命に貸付けの義務を負わせているとの点を否認し、その余を認める。

3 二A3の各事実を認める。

4(一) 二A4(一)の事実を否認する。

(二) 同(二)の主張を争う。

(三)(1) 同(三)(1)の主張を争う。

(2) 同(三)(2)の各事実は、アを認め、その余は知らない。

(3) 同(三)(3)の事実を否認する。夫婦間に亀裂が生じている場合には、夫の書類や実印を持ち出せる立場にある妻が無権代理行為を行う危険性は、第三者がこれを行う危険性よりも大きい。したがつて、原告に直接確認するなどの手段を講じなかつた被告日本生命に過失のあることは明らかである。

(4) 同(三)(4)の主張を争う。債務の弁済が法的な義務を履行する事実行為であるのに対し、消費貸借契約の締結は法律行為であり、借主とされた者は新たに義務を負うのであるから、これについて民法四七八条の適用がないことはもちろん、恣意的にこれを類推適用することも許されない。

三B  被告朝日生命の抗弁に対する認否

1 二B1の事実を認める。

2 二B2の事実は、被告朝日生命に貸付けの義務を負わせているとの点を否認し、その余を認める。

3 二B3の各事実を認める。

4(一) 二B4(一)の事実を否認する。

(二) 同(二)の主張を争う。

(三)(1) 同(三)(1)の主張を争う。

(2) 同(三)(2)の各事実は、アを認め、イは知らない。

(3) 同(三)(3)の事実を否認する。夫婦間に亀裂が生じている場合には、夫の書類や実印を持ち出せる立場にある妻が無権代理行為を行う危険性は、第三者がこれを行う危険性よりも大きい。したがつて、原告に直接確認するなどの手段を講じなかつた被告朝日生命に過失のあることは明らかである。

(4) 同(三)(4)の主張を争う。債務の弁済が法的な義務を履行する事実行為であるのに対し、消費貸借契約の締結は法律行為であり、借主とされた者は新たに義務を負うのであるから、これについて民法四七八条の適用がないことはもちろん、恣意的にこれを類推適用することも許されない。

(四)(1) 同(四)(1)の事実を認める。

(2) 同(四)(2)の事実は、明らかに争わない。

(3) 同(四)(3)の主張を争う、貸金の用途不明の消費貸借契約について日常の家事に関する法律行為の法理を適用する余地はない。まして、玻瑠子は、愛人に貢ぐ資金を捻出するために無権代理行為を行つたのである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一生命保険契約の存在と契約者貸付制度

1  被告日本生命の抗弁A1及び被告朝日生命の抗弁B1の各事実(各生命保険契約の存在。以下、これらの生命保険契約を「本件各生命保険契約」という。)は、当事者間に争いがない。

2  被告日本生命の抗弁A2及び被告朝日生命の抗弁B2の各事実は、契約者貸付制度において被告日本生命又は被告朝日生命に貸付けの義務があるとの点を除き、当事者間に争いがない。

そして、〈証拠〉によれば、被告日本生命及び被告朝日生命のいずれの契約者貸付制度においても、契約者が一定の要件の下に貸付けを請求する権利を有することが、保険約款に明定されていることが認められる。したがつて、その反面として、契約者から要件を備えた貸付けの請求がされたときは、被告日本生命及び被告朝日生命には、これに応じて貸付けをすべき義務のあることが明らかである。

二消費貸借契約の締結

被告日本生命の抗弁A3及び被告朝日生命の抗弁B3の各事実(玻瑠子を代理人とする各消費貸借契約の締結。以下、これらの消費貸借契約を「本件各消費貸借契約」という。)は、当事者間に争いがない。

したがつて、玻瑠子が代理人としてした行為の効果が本人である原告に帰属するかどうかが問題となる。

三代理権の授与

1  被告日本生命の抗弁A4(一)及び被告朝日生命の抗弁B4(一)の各事実(原告の玻瑠子に対する代理権の授与)を認めるに足りる証拠はない。

かえつて、〈証拠〉によれば、原告の妻である玻瑠子は、勤務先で知り合つた杉元良一と不倫の関係になり、同人から求められるままに多数回にわたつて多額の金員を貸し渡していたが、更に同人から金をせびられたために、原告に無断で本件各生命保険契約の契約者貸付制度を利用しようと考え、原告の実印及び本件各生命保険契約の保険証券を持ち出し、区役所で原告の印鑑登録証明書の交付を受け、原告名義の委任通知書(被告日本生命に提出した乙第七号証)及び借用金証書(被告日本生命に提出した乙第四ないし第六号証、被告朝日生命に提出した丙第五号証)を偽造して(なお、被告朝日生命に提出した原告名義の委任状(丙第三号証)は、右杉元が偽造した。)、本件各消費貸借契約を締結したことが認められる。

したがつて、本件各消費貸借契約は、玻瑠子の無権代理行為によつて締結されたことが明らかである。

なお、玻瑠子による本件各消費貸借契約の締結から本訴の提起までに五年近くを経過している(ただし、成立に争いのない丙第八号証によれば、この間の昭和五九年三月一五日に、原告の代理人である弁護士松井繁明が内容証明郵便により被告朝日生命に対して債務不存在の確認を求めたことが認められる。)が、そのことによつて、原告が玻瑠子に代理権を与えていたものと推認することができるとはいえない。

2  被告らは、玻瑠子が本件各生命保険契約の締結について原告から代理権を与えられていたから、本件各消費貸借契約の締結についても玻瑠子が代理権を有していたものと解すべきであると主張する(被告日本生命の抗弁A4(二)、被告朝日生命の抗弁B4(二))。

しかし、生命保険契約の締結とその契約者貸付制度に基づく消費貸借契約の締結とは別個の法律行為であるから、少なくとも両者が別個の機会に行われた場合には(本件においては、その間に一〇年以上の年月を経ている。)、前者についても代理権を与えられていた者が後者についても代理権を有しているとは、到底いうことができない。

四民法四七八条の適用又は類推適用

1 被告らは、本件各消費貸借契約が玻瑠子の無権代理行為によつて締結されたものであるとしても、民法四七八条の適用又は類推適用により、これが原告に対して効力を有するものと解すべきであると主張する(被告日本生命の抗弁A4(三)、被告朝日生命の抗弁B4(三))。

しかし、被告らの行為は貸主としての本件各消費貸借契約の締結であつて債務の弁済ではないから、「弁済」に関する民法四七八条の規定をこれに適用する余地がないことは明らかである。

そこで、以下、右規定の類推適用をすべきかどうかを検討する。

2  本件各消費貸借契約は、生命保険契約の約款にあらかじめ定められた契約者貸付制度に基づいて保険者が保険契約者に対して貸付けを行うという特殊性を有するものである。そして、この消費貸借契約には、次のような特徴がある。

第一に、右一2で認定したように、被告日本生命及び被告朝日生命のいずれの契約者貸付制度においても、保険契約者から要件を備えた貸付けの請求がされたときは、保険者である被告日本生命及び被告朝日生命には、これに応じて貸付けをすべき義務がある。すなわち、通常の消費貸借契約においては貸主として契約を締結するかどうかはその者の自由にゆだねられているのに対し、右契約者貸付制度においては貸主となるべき保険者にその自由がないのである。したがつて、右契約者貸付制度に基づく保険者による消費貸借契約の締結は、民法四七八条の適用対象である弁済ではないものの、法的な義務を履行する行為であるという点で、これに類似するものであるということができる。

第二に、右契約者貸付制度に基づく貸付けにおいては、保険契約が消滅して保険者が保険金又は解約返戻金を支払う場合には、これから保険契約者に対する貸付けの元利金を差し引いて精算することが、あらかじめ合意されている(いずれも当事者間に争いのない被告日本生命の抗弁A2及び被告朝日生命の抗弁B2の各事実)。また、前掲乙第九ないし第一四号証及び丙第二号証によれば、右契約者貸付制度に基づく貸付けの金額は、被告日本生命においては解約返戻金の額の九割の範囲内、被告朝日生命においては解約返戻金の額の範囲内とされていることが認められる。したがつて、右契約者貸付制度に基づく貸付けは、その経済的実質においては、保険金又は解約返戻金の前払にほかならないということができ、被告日本生命の抗弁A4(三)(1)及び被告朝日生命の抗弁B4(三)(1)の各主張は、これを首肯することができる。

以上検討したところによれば、右契約者貸付制度に基づく保険者による消費貸借契約の締結は、法的な義務を履行する行為である点で弁済と類似するものであり、しかも、その貸付けは、経済的実質において保険金又は解約返戻金の前払(すなわち弁済)にほかならないのであるから、貸付けを行う保険者の取引の安全を保護する必要のあることは、民法四七八条における「弁済者」の場合と何ら異ならないということができる。したがつて、民法には直接このような場合について定める規定がないが、右の貸付けについては民法四七八条を類推適用することが相当である。

3  ところで、右契約者貸付制度に基づく貸付けについて民法四七八条を類推適用する場合に同条の「債権」に当たるのは、保険契約者の保険約款に基づいて貸付けを請求する権利であり、本件においてこの権利を有していたのは原告である。したがつて、本件においては、この権利の帰属について被告日本生命又は被告朝日生命に誤認があつたわけではない。

しかし、債権者の代理人と称して債権を行使する者も、民法四七八条にいう「債権の準占有者」に当たると解すべきである(最判昭和三七年八月二一日民集一六巻九号一八〇九頁参照)から、本件においては、原告の代理人として本件各消費貸借契約を締結した玻瑠子がこのような意味で「債権の準占有者」に当たるかどうかを検討すべきである。

そうすると、玻瑠子が原告の妻であることは、当事者間に争いがなく、玻瑠子が本件各消費貸借契約を締結した際に被告日本生命及び被告朝日生命に提出した書類等については、右三1に認定したとおりである。すなわち、玻瑠子は、原告を保険契約者とする本件各生命保険契約の保険証券並びに原告の印鑑登録証明書及び実印を所持していた上に、その実印が押捺された原告名義の委任通知書又は委任状(前掲乙第七、第八号証及び丙第三、第四号証によつて明らかである。)を持参したのであるから、原告の真実の代理人であると信じさせるような外観を備えていたというべきであり、右の意味での「債権の準占有者」に当たると解するのが相当である。

4  民法四七八条によつて「弁済者」が保護されるためには、相手方が真実の権利者でないことについて善意かつ無過失であることを要するから、本件各消費貸借契約の締結について同条を類推適用する場合にも、同様の要件が満たされなければならない。

〈証拠〉によれば、本件各消費貸借契約の締結を担当した被告日本生命及び被告朝日生命の係員は、玻瑠子が原告を代理する権限を有しないことを知らなかつたものと認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

そして、玻瑠子は、右3で述べたように、保険証券、原告の実印その他の同人が原告の真実の代理人であると信じさせるに足りる書類等を持参し、提出したものである上に、〈証拠〉によれば、生命保険会社においては、契約者貸付制度に基づいて極めて大量の貸付けが行われていること(被告日本生命においては、昭和六二年において年間約六六万七〇〇〇件)が認められるから、このように画一的で大量の事務処理においては、右に認定したような書類等によつて審査をするならば、生命保険会社として尽くすべき相当な注意を用いたものというべきである。したがつて、本件各消費貸借契約の締結を担当した被告日本生命及び被告朝日生命の係員には、玻瑠子が原告を代理する権限を有しないことを知らなかつたことにつき過失もなかつたといわなければならない。

原告は、この点につき、夫婦間に亀裂が生じている場合には、夫の書類や実印を持ち出せる立場にある妻が無権代理行為を行う危険性は、第三者がこれを行う危険性よりも大きいから、原告に直接確認するなどの手段を講じなかつた被告らには過失があると主張する。

しかし、夫婦の一方が他方の代理人となる場合にはその他の場合以上に代理権の不存在を疑うべき理由があるとはいえないし、本件各消費貸借契約の締結を担当した被告日本生命及び被告朝日生命の係員には、原告と玻瑠子との間に亀裂が生じていることを知る由もなかつたことは、弁論の全趣旨により明らかである。また、代理人による貸付けの請求においては、常に本人に対して直接その意思を確認すべきであるとすることは、前記のような大量の事務処理を行う生命保険会社に対して過大な負担を負わせるものであつて、相当ではない(なお、常にその確認を行つたとしても問題がすべて解決されるわけではないことは、仮に、本件において、前記杉元良一が保険証券、原告の実印等を持参して自己が原告本人であると偽つたとしたらどうであつたかを考えてみれば、明らかである。)。

5  以上のとおりであるから、本件各消費貸借契約は、民法四七八条の類推適用により、原告に対して効力を有するものと解すべきであり、被告日本生命の抗弁A4(三)及び被告朝日生命の抗弁B4(三)は、いずれも理由がある。

五結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、いずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官近藤崇晴)

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